2009年11月15日

蝉騒



(再び潔くない夏の下書きサルベージ)




 蝉の声が絶え間なく響き、太陽が高い位置から草木を照らして濃い影を作っている。
 凌霄花の鮮やかな花弁へ視線をやってから、汗をかいたコップに手を伸ばし、冷えた緑茶に口を付けた。家主である少年は、ずいぶんと青年らしくなった横顔をうつむかせてファイルに目を落としたままだ。りん、と風鈴の揺れる音が耳に届いた。
「…ん、確認おわり!ごめんね、あきらちゃん、待たせて」
「いいえ。社会人の都合に合わせるわよ、こちらは夏休み中の大学生なんだから」
「ふふ、あんまし学生気分抜けてへんけどねえ。学校にはしょっちゅう行ってるし」
 閉じたファイルを脇に置いて自分のコップを手に取り、少年は微笑んだ。今日は書類仕事ばかりだからと籠もりきりらしく、服装もラフなものだ。冷房をあまり効かせないこの家の盛夏はそれなりに暑い。
「確かに、銀誓館には卒業しても顔を出すものね。わたしもどちらに通っているのやら」
「せやけどあきらちゃんも、教免取るんやから授業詰まってるのと違う?大学て入ってから暫くは、思うたほど時間取られへんて聞いたよ」
「それでも高校の時よりは多少融通が利くし、お休みが長いもの。まあ、すぐ3年になって、就職活動の話が出るけれど」
 モラトリアムって長いけど短いわねえ、と本気とも冗談ともつかぬ調子で呟いて、女はコップを置く。わずかに伏せた睫毛が淡い影を作った。そっかぁ、と少年は頷き、ふいと天井を見上げる。生来の細身は変わらぬながら、ふとした仕草のときに成長のあとをみることが出来た。いつのまにか伸びた髪は、暑さを嫌うようにうなじで結われている。
「とどまらへんものは、ないしねえ」
「そうね。その変化もまた、いとおしいものなのだけれど」
 すこしだけ、寂しいと思ってしまうのは夏だからかしら。
 女の呟きに、いらえを返すことなく、少年は首を緩く傾げて微笑んだ。

 
posted by ◆◆◆ at 22:10| Comment(0) | TrackBack(0) | SS | 更新情報をチェックする
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